ひとりごと。

ほとんどひとりごと、ときどき、好きなもののレポート。

カワイイは作れる!でも作らない!

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大学最後のプレゼンは、キティちゃんについてだった。仕事でサンリオキャラクターの話を聞く機会があって思い出した。たしかIdentity Making in Global Consuming Culture(カタカナ使わず訳せない)の授業。

キティちゃんと「カワイイ」

mariyoshihara.blogspot.jp

すごく面白かったから、時間があればぜひ読んで欲しい︎☝︎︎☝︎

この本を読み終わった私が、じゃあこれからキティちゃんグッズを店で買うかといったら答は大きな「ノー」ですが、ハロー・キティのもつ意味をもっと多面的に考える機会になったことは確かです。このネコを通じて、ジェンダー規範や性、人種のステレオタイプ、消費主義と表現の自由、芸術の創造性と企業のマーケティング戦略、政府の文化政策と企業や消費者の論理など、実にさまざまな大きなテーマを考えさせられるのです。

著者がこの本で枠組として使っているのが、「ピンク・グローバリゼーション」という概念。「『カワイイ』とされている商品やイメージが、日本からアメリカなどの先進国へと国境を越えて広がること」と著者は説明します。

原書を読んで作ったわたしのプレゼンの目次☟

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ナチュラルな可愛らしさを表すCutenessとアニメのように作られた''Kawaii''の違い、全世界に広がる''Kawaii''文化が人々の人格形成に及ぼす影響、キティ化現象について、などなど。元々興味がある分野だったから、ちゃんと研究して発表した気がする。がっつりペーパーも書いた。

カワイイは選択肢のひとつ

大学での研究はさておき、今日思うことは、カワイイを目指すのは数ある選択肢の中の一つであって、必ずしもベストではないってことと、それをもっと早くわかっていたら楽しかっただろうなってこと。

これは今ならすごく当たり前だと思うけれど、大学2年生くらいまでは、心から同意していなかった。わたしはきっと幼い頃に誰かから「女の子はカワイイ方がいい」って聞いた。それでどこかのタイミングで、自己肯定感を満たすことと「カワイイと思われたい」を履き違えたんだと思う。そんな勘違いをしてると「カワイイはこうやって作れますよ」って教えてくれる人はたくさんいる。もちろん「カワイイ」を否定はしないし、欲を言えば毎日カワイイ人とカワイイものに囲まれて過ごしたいけれど、カワイイ以外がどんどん流行ればいいと思うし、カワイイ以外のジャンルの「魅力的な人間」をメディアはもっと大きく伝えてもいいと思う。そういう新しい魅力を持つ人たちに出会えてやっと、自分が目指したいものの選択肢が増える。

わたしはアメリカに引っ越して、化粧をしなくなった。周りが誰もしてなかったから。「人間見た目より中身だよね」と言って、バッチリメイクしながらブランドのバック持ってる日本人より全然説得力ある。日本に帰ってきてからも、さすがに毎日すっぴんで出勤出来ないけど、化粧はほとんどしなくなった。毎日着たいものを来て、お気に入りを持ち歩く。わたしは別にグローバルスタンダードの「カワイイ」じゃなくていいや ヾ(@⌒ー⌒@)ノ